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「大阪で生まれた女」の小さな決心

「大阪で生まれた女」の小さな決心

こんにちは、「大阪で生まれた女」やけど、誰かを追いかけたのではなく、35歳で単身上京したTOMOMIです。

 

あれから11年。

あっという間でした。

その間、大阪に戻ったのは5回。

 

  • 両親に夫を紹介(結婚前)
  • 義母を関西に案内(結婚後)
  • 友人の結婚式
  • 祖母の通夜・葬儀
  • 母お目当てのコンサートに同行

 

そして金曜日、6回目の帰阪。

ちょっぴり物悲しい一日でした。

 

大阪で生まれた女
兵庫県伊丹市出身のミュージシャン「BORO」による2枚目のシングル。プロデュースはあの内田裕也氏。上田正樹の「悲しい色やね」、欧陽菲菲の「雨の御堂筋」に次ぐ、私の好きな大阪ご当地ソング。実は全部で18番まである壮大な楽曲。

前夜一睡もしないまま新幹線で大阪へ向かう私。

車内で爆睡&ふりむけば広島❤

なんてことは避けたかったので、新大阪止まりにしました(笑)

大阪と私

大阪府の北東部に位置する昔から宿場町として栄えた町で、兵庫県出身の父と地方のとても小さな村出身の母との間に生まれました。

その後、家庭の事情により転居を繰り返し、小学校に至っては3回の転校、つまり4つの小学校に通ったというわけです。

その中に大阪の小学校も含まれていましたが、在籍していた期間は1年にも満たなかったと記憶しています。

以降、私が大阪の学校に通うことはありませんでした。

「大阪で生まれた女」やけど、大阪の学校ひとつも卒業してません💧

ちなみに私自身、転校は嫌ではありませんでした。

むしろ、嬉しかったです。

ん~、性格なのでしょうか?

新しい環境に飛び込むということが、私にとっては「喜び」だったんです。

だから35歳のあの時、何もかも手放し、一から新たな生活をスタートさせることができたのでしょう。

こんな風に書くと、人生の新しい門出みたいな美談に感じるかもしれません。

が、本質は10代で家出する少女たちと同じです。

おつき合いしていた人がいたわけでもなく、就職先が決まっていたわけでもなく、本当に何のあてもないまま、ひとりで東京での生活を立ち上げました。

 

このバイタリティは持って生まれた性格の一部であるとともに、大阪の街が育ててくれたものだと確信しています。

実際、私と同じような人、少なくないんですよ。

海外に行くと、移住している関西出身者(特に大阪)の多いこと。

このエネルギッシュな街が、知らない間にスタイリッシュな街へと変化していたことに軽くショックを受けた私でした。

 

新大阪

久々に訪れた新大阪駅。

昔の面影はまったくありません。

乗り換えがわからず、迷子になった💧

父と私

2年振りの再会。

入歯を新調したという話は聞いていたけど、元プロ野球選手の新庄氏みたいになってて、めっちゃ驚きました。

親子3人で大爆笑!

そんな父とは、残念ながらお別れの時間が近づいています。

両親の家にはわずか1時間の滞在でしたが、今までになく濃いひと時を過ごせたような気がしました。

 

突然、父がこう言います。

「TOMOMIは可愛いなあ」

その言葉を耳にした母はすかさず

「TOMOMIは昔から可愛いで」と。

 

私、立派な中年のオバチャンです。

まさかこんな会話が飛び出してくるとは想像もしていませんでした。

親にとって、子供はいくつになっても子供なんですね。

 

ふたりの人生、本当にいろんなことがありました。

それに巻き込まれ、恨んだ時期もありました。

そんな私も少しは親孝行ができたでしょうか。

 

くずはモール

幼いころに過ごした「くずは」。

すっかりオシャレな街に大変身しています。

このモールは昔から存在していて、80年代のアイドルたちがキャンペーンに必ず訪れる場所でした。

かつてはアイドルだった野々村真や奥さまの坂上とし恵さん、辻沢杏子さんに握手してもらったのを覚えています(笑)

母と私

母と一緒に出掛けるようになったのは、実は私が東京に出てからです。

そう、めっちゃ最近の話!(笑)

きっかけは母が好きなオペラ歌手。

今でこそ地方でも数多くのコンサートが開催されていますが、その頃はまだ東京でしか観ることができませんでした。

で、チケット取って&東京わからんから一緒に行って、と。

母は驚くほど自立した人で、大抵のことは自分で解決します。

そんな母が私に頼み事をする。

母が年を取ったと感じた瞬間でした。

 

ディナーショー

今回、帰阪したもうひとつの理由は母の大好きなオペラ歌手のディナーショーへ連れていくためでした。

ご馳走は後日UPします♪

東京と私

ディナーショーが終わるや否や、新幹線に飛び乗り東京へ戻る私。

すっかり小さくなった母の後ろ姿を見るのは、やはり辛かったです。

でも、東京には私の帰りを待ってくれている人がいます。

日曜に旅立った夫が帰国、私よりひと足早く自宅に戻っていました。

 

何もかも変わってしまい、もうここには自分の居場所はないと痛感した大阪。

かつての母がそうだったように、私もここ東京で根を張って生きよう。

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